涙のエスプレッソ

先日、たろうがつかまり立ちの状態で
よちよち横歩きをしてたのですが、
バランスを崩して
後ろに倒れてしまって
床に頭を軽く打ち付けてました。

ちょっとくらいの転倒で
ちやほやしてると
たろうのためにならないと思い、
声掛けはしましたが
わざと近寄らないで見守っていると、
泣きそうな表情をしたものの、
またつかまり立ちをして
元気に遊び始めました。

これから先、
行動範囲が広がっていき
ちょっとくらい
怪我する事もあると思います。
怪我や失敗を引きずらずに
たくましく成長してほしいですね。

ぼくもたくさん失敗しながらも
なんとか生きてきました。

100年くらい前の話ですが、
新卒で入社した会社に
同期入社の女性Mさんがいました。

Mさんは同期入社だけど
30代後半で年齢が一回りくらい上でした。
雰囲気は落ち着いていますが
結構ズバズバ発言するタイプで、
特に男性に対してあたりが強く、
面と向かって
「男のくせに情けない!」とか
言っちゃう人でした。
なので十数人いた同期入社の中でも
男性陣からは恐れられてる存在でしたが、
Mさんは決して底意地の悪い人ではなく、
罵倒するのは相手に非がある
時ばかりだったので
女性陣からは頼りになるお姉さん
的な感じで慕われてました。

ある日の休日、
一人でプラプラ街で買い物をしていたら
偶然Mさんと遭遇しました。

ぼくは比較的Mさんとは良好な関係
(あまり近寄らないようにしてた)
でしたが、Mさんと目があった瞬間
耳につけていたイヤホンを素早く外し
背筋を伸ばしました。
生意気な態度で接すると
怒られるかもしれないと思ったからです。

Mさんは「あら、偶然ね」と言いながら
にこやかに話しかけてきました。
出来るだけ手短に話しを終わらせて
離脱したかったのですが
「時間ある?そこに新しい
カフェ出来たから
コーヒーでも飲もうよ」

と言われ絶望しました。

ド田舎で育ったぼくは
カメと川で遊んだ記憶はあっても
カフェなんておしゃれなところには
縁がありません。
しかもMさんと一緒となると、
システムもわからないカフェで
どんなふうに立ち回っていいか
わからないので恐怖しかありませんでした。

しかし断ったら断ったで
「レディの誘いを断るのか!!」
怒られそうな気がしたので
「行きますっ!」と答えました。

店内に入りメニューを見たのですが
当時はコーヒーも飲まなかったので
何を選べばいいのかわかりません。
おとなしくブレンドにでも
しておけばよかったのですが、
『エスプレッソ』という文字が目に付き、
なんか聞いたことあるし
Mさんに隙きを見せないためにも
ちょっとこなれ感を出そうと思い
エスプレッソというモノをオーダーしました。

これがこの日
最大の悪手でした。

妙な緊張感の中で
Mさんと適度な会話を交わしていると
店員がMさんがオーダーしたコーヒーと
小さなカップを持ってきてくれました。
そしてMさんの前にコーヒーを、
僕の前に小さなカップが置かれました。
中にはどす黒い液体が入ってます。
先にミルク的なものがきたのかな?
と思いました。
しかし、しばらく待ちましたが
本体が届きません。

(え・・・もしかしてこの小さいのが本体?)

これが本体だとすると
全く手をつけないのはおかしいし、
これがミルク的な
補助液だとすれば
それをダイレクトに飲んでしまうと
イキった事がバレる。
しかし、人生はいつだって選択です。
ぼくはこれが本体だと睨み、
勇気を出して一口飲んでみました。

(苦っっ!!)

やってしまったと思いました。
これは本体じゃない!
こんな苦いものが本体なわけない!!
不正解を選んだ事で
Mさんはさぞかし蔑みの目を
しているだろうと思い
恐る恐るMさんを見てみると、
ちょうど携帯を見ていてセーフでした。

(あ、あぶねぇ・・・)

危うく命を落とすところでしたが、
ピンチはチャンスです。
冷静になって口に残った味や
香りを確認してみると
これはコーヒーだという事は判明しました。

(ということはやっぱり
これが本体か?

だがしかし・・
苦すぎるな・・・。

カルピスで言うと原液みたいな
感じだぜ・・・。
・・・ん?原液?
ハッ!そうか!!

テーブルを見るとオーダー前に
店員が持ってきてくれたお冷があります。

(水で割るのか!!)

ぼくはお冷が入ったグラスを
手に取ろうとしました。
が、何か胸の奥でざわつきがおきます。

(本当に・・・この水で割るのか?)

このお冷はオーダー前に
持ってこられたものです。
グラスの大きさは
エスプレッソのカップよりも
2倍位大きい。
もしも水で割るとしたら、
割る用の小さなカップと
水を別にもってくるはずだ!
という事はこれは
ルーキーをふるいにかける為の
悪質なトラップだ!!

危うくルーキー狩りに
仕留められそうになりながらも
ギリギリで回避できました。

だがしかし。
水じゃないとしたら
一体何で割るんだ・・・。

ぼくは改めてテーブルを見渡して
ハッとしました。
実はカップと一緒に僕には
小さな小皿が与えられていたのです。
その小皿にはクッキーが2枚
乗せられていました。

(これだ!!)

この極限の緊張感の中で
成長していく自分の推察力に
酔いしれながらも
ぼくはクッキーを手に取り、
半分に割ってから
カップに投入しました。

クッキーはどす黒い液体を
ゆっくりと吸い込みながら
ドロドロになっていきます。
頃合いをみてカップを手に取り
10年くらい寝かせたフルーチェ
のようになった
ドロドロの液体を口に運びます。

固形とも液体とも言えない
謎のモノが口から
体内に侵入してきます。

ぼくはできるだけゆっくりと、
カップをソーサーに戻し、
窓の外を見ました。

青い空。白い雲。
そしてぼくの
10年熟成フルーチェを
無表情で見つめるMさんの顔が
窓ガラスに映っています。

おそらく一連の動作は
見られていたでしょう。
息が苦しくなりました。
自分の周りだけ酸素が
薄くなったような感じがします。

それはMさんが怖いからなのか、
それとももっちゃりとしたクッキーが
喉にへばりついてるからなのかはわかりません。

結局この後、
特にフルーチェに
触れられることもなく解散しました。

帰宅してからググってみると、
エスプレッソは
少量で凝縮された濃厚さが特徴で
ちびちびではなく一気に飲むもの
だという事がわかりました。

続けて
『エスプレッソ クッキー 入れる』
検索してみると、
本場イタリアでは
飲み残したエスプレッソに
クッキーを入れることで
「美味しいコーヒーをありがとう。」
というメッセージになるという事が
書いてありませんでした。

おしゃれなカフェで
ほとんど飲んでいない
エスプレッソに
クッキーをぶち込んで帰る。

ある種の挑発のように
とられるかもしれないので
皆様お気をつけください。

そしてどうか、
初めてのエスプレッソに挑む
若者がクッキーやお冷を
カップに入れようとしている
場面に遭遇したら
優しく教示してあげてください。

あの時何も言わなかった
優しいMさん。
数年後に退職してから
全くお会いする機会がありませんが
次にあった時は胸を張って
エスプレッソをぐいっと
飲んで見せたいと思います。

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